私が提案しました”片足で稽古する”というアイデアは4年ほど前の遠藤先生の”ただそこにいるために合氣道をしているのではないですか?”という一言から始まりました。”ただ、そこにいる”という意味。それはどんな状況であろうとも”自分がいつもの自分であること”ではないか。まとめると平常心+自然体でしょうか。

その平常心+自然体を稽古で誰もができる方法で、力が使えず、無理が出来ない方法で行うことはできるだろうか。
そこで、状況の変化に対して、
・自分の状態(心理状態・身体の状態)を安定させる。
・自らの”間(ま)”の範囲内で全ての行動を行う。
・体の軸を維持する。
・日常生活以上の力は使わない。
などを目標にどのように工夫ができるかを考え、思い至ったのが、遠藤先生の”足をほぼとじた立ち姿”と”真綿を踏むような足捌き”でした。

最初は”足をほぼとじた立ち姿”をイメージして、片足で立ってみたらどうだろうというところから。すると、片足で立つことにより、少しでもバランスを保ち、姿勢に余裕を持たせようとするせいか、膝がゆるみ、低姿勢を維持することができました。また、意識が足に向くため、上半身への意識を薄くすることができました。
私は片足立ち稽古にルールを設けています。自分の間で捌ききれなくなった場合は浮かせている足を使って状況にまかせて、無理のない位置に移動する。再度、その場で片足になる。あくまでも、片足は稽古であり、歩みの一瞬間をとらえたものと考えます。最終的には自分の”状態”が”状況”の変化に千変万化できることに近づくことが目的だからです。片足で感覚が身についたら、両足でその感覚がどのように使えるかの検証しています。3年ほど稽古中に意識的に片足稽古を続けて、少しづつですが、以前より体を有効に使えるようになってきました。私は体がさほど大きくはなく、堅いので、足の指先からできるだけ多くの関節を意識的に使うことで、更に動きの幅が出るように研究中です。

今回、遠藤先生を求めていらした方々を前に自分のテーマで稽古をさせていただいたことは、何よりも贅沢で発見の多い時間でした。また、この時間は自分の求めることに目標を持ち、常に真摯であること、同時にそれを表現する方法や言葉も大切であると言うことを痛感させてくれました。自分の考えをまとめ、表現する場と時間を遠藤先生門下の皆様の前でいただけたことに感謝しております。

最後に遠藤先生、そして稽古を共にして頂いた皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。


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